仕事として読むなら「グーグルに依存し」の方が良い。 現状の悪い点や改善点が記載されており、今後どういう風にしていけばいいのかがわかりやすく載っている。 私の会社のグループ会社でも結構インターネットの展開をしているんですが、典型的な悪い会社の例に当てはまります。 サービス内容は魅力を感じるものが多いのですが、実際に展開しているメンバーのネットに関する知識が乏しいこと、また消費者を置き去りにしてデザインを優先にしたHPを展開しています。 「俺たちはいいもの作っているので、これなら消費者は喜ぶだろうと」高をくくっているのが気に食わないです。 この本を読むまでもないですが、それでは消費者はついて来ません。
そんなことが身近にあるので非常に共感を持って読むことができました。
考え方に関しては「一兆円を稼いだ」を読んだ方が良いです。 これまでの夏野さんの仕事内容や考え方がわかり、今の自分との比較をしやすい。ハードカバなんですが、文字の量も多くないので読みやすいです。 かの有名なハイパーネットの副社長をしていたということは非常に驚きがありました。 本を読む前はすごいエリートな方だろうと考えていましたが、本を読むにつれてその考えを改める必要が出てきました。 ここ最近で読んだ中では非常に実践していかなくては行けない部分が多いですし、将来的にWebで何か展開をしていきたいと思っているなかで参考にしていく部分が多々あります。 あまりベストセラーにはなってないみたいですが、読んで正解でした。
<メモ 一兆円を稼いだ男の仕事術>
- 今日、今この瞬間にできることはすべてやらなければなりません。何ごとも「今しかできない」のですから。
- 出席だけしていても意味などどこにもない。そのとき、その状況で得られるものを逃すまいとする、積極的な心構えを持って挑むことが、何よりも重要なのです。
- 私は会社とは「目的」ではなく「手段」であり「道具」だと思っています。
- つねに全力疾走しないと花は咲きません。中途半端にやっていたのでは、大きな花をつけることはできやしない。
- 若い頃にサボッてしまうと、それで終わりだ。
- 技術の垣根が以前に比べて低くなった今、商品開発に必要なのはやはり信念であり、センスなのです。
- リーダーがぶれることのない信念を持っていれば、必ずチームが一丸となって邁進できるようになります。
- 仕事に対する信念や思い入れの強さが、他国の人間に負けてしまっているから
- ほとんど無意識のうちに、自分自身で限界を決めてしまっている人が多い
- 自らの限界を設けず、自由な発想からスタートする
- 本当に自分は、これ以上できないといえるほどに頑張ったのか
- 自分の行動、仕事が「社会に影響を及ぼす」
- 消費者は技術を買うのではなく、新しい価値や新しい楽しみを提供してくれる商品を買うからです
- 「消費者の視点から状況を見るべき」ということです。これは携帯電話業界に限らず、すべてのビジネスに言えることです。
- 上司は言葉でガミガミというだけではなく、実際に自分で行動を起こさなければなりません。口でいうだけなら、誰にでもできます。
- あくまでも社会に貢献したいという思いが、私の原動力になってきました。
- 色々たてしなく考えていると、自分などとても小さな存在に見えてきます。今、仕事上で抱えているトラブルなどは、まったく大した問題ではないと思えてくるのです。
<メモ グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業>
- 何か新しいことをやるのであれば、基本的なことを言うようだが、「自分や会社がその新しい事業に向いているか否か」「自分や会社にいる人材がむいている分野、仕事、やり方」をきちんと追求することが大前提になる。
- 個人的には、こういった「買い物の最初または途中に個人情報を登録させるサイト」は最低のシステムだと憤慨しているのだが、ちまたにはこういうサイトが溢れかえっている。
- 顧客と企業をつなぐウェブサイトのインターフェースを、本気で、真剣に考えること。
- 供給者主義のウェブサイトは、そこで何をさせたいかという目的がまるで明確にされいていないのだ
- 先行逃げ切り型は、どちからと言えば守りながらビジネスを進めるタイプ。しかし広報追い抜き型にはタブーがない
- 裸を前提にしてビジネスをすれば問題ない
- 参入障壁が低いということは、誰にでもチャンスがあるということだ。だから人の「底力」が露呈しやすい
- スピードが要求されるウェブビジネスで走り続けるには、知識、経験、プラス本当に興味があるかどうかが鍵
- 課金モデルにとってもっても重要なのは、「リーズナブルな価格設定」なのだ
- どんなシステムでも「使えない人」がいるのは当たり前。
- 「〜だから」は、考えようと思えば無限に浮かんでくる。これらを理由にウェブビジネスをやらないのは、結局やりたくないということだ。